コラム技術コラム2023.09.25

より測定に近い電波伝搬シミュレーションを実現
実践!フェージングシミュレーション

より測定に近い電波伝搬シミュレーションを実現<br>実践!フェージングシミュレーション

 

信頼性の高い無線通信設計のために

無線通信技術は、私たちの生活のさまざまな場面を支えています。

近年では、自動車や工場内などでの利用が期待されています。

こうした環境では、無線の接続が途切れると、事故などの大きな問題につながることから、高い信頼性を持った通信を確立する必要があります。

信頼性の高い通信を確立するためには、電波がどのように伝搬するかを知り、現実に即したシミュレーションを行い、通信システムを設計することが効果的です。

本コラムでは、一般的な電波の伝搬に関する説明と、より測定に近い環境を模擬できるフェージングシミュレーションの活用についてご紹介します。

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電波伝搬の3つの要素

受信電力(電波の強度)は、同じ場所で測定を続けていても、ランダムに変動しているように見えることが知られています。

このランダムに見える変動も、実は、3つの要素で説明することができます。

3つの要素とは、1)パスロス、2)シャドウイング、3)フェージングです。

これらの要素を基地局とユーザ端末間の距離や周波数などから計算するモデルはチャネルモデルと呼ばれ、移動通信システムの設計や評価で一般的に使用されています。

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パスロス

パスロスのイメージ図

図1 パスロスのイメージ

3つの要素のうち、距離や周波数によって決まるのが、パスロスです。

基地局から送られる電波は、距離が離れるほど電力が小さくなります。

また、同じ距離だけ離れた位置で、周波数が異なる2つの電波を比較すると、周波数が高い方が、受信電力が低くなります。

この二つの特性を表すため、周波数と距離によってパスロスを計算できるモデルが活用されています。

活用事例の1つとして、近年ではローカル5Gの免許申請があります。

ローカル5Gを使用するには、総務省が管轄する電波法の免許を取得する必要があります。

免許の取得では、電波法で定められたパスロスモデルで、ローカル5Gの電波がどこまで届くか計算した結果を提出する必要があります。

弊社ではローカル5G・BWA 免許申請用エリア描画ツール KCAMPの販売と、KCAMPを使用した免許申請用エリア図の作成支援を行っています。

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シャドウイング

シャドウイングのイメージ図

図2 シャドウイングのイメージ

2つ目の要素は、シャドウイングです。

送信局から送られる電波は、建物などの障害物に遮られる場合があります。

このとき、ユーザ端末のいる場所によって受信できる電力の変動は変動します。
これを表すのが、シャドウイングです。

シャドウイングは、送信局とユーザ端末、さらにその周辺の建物の位置関係によって決まります。

特定の場所のシャドウイングを求めるためには、建物の地図データを使ったレイトレーシングシミュレーションなどを活用する必要があります。

特定の場所に限定せず、広いエリアでシャドウイングを計算する場合、場所ごとに地図データを用意してシミュレーションすることは、時間も労力もかかるため、現実的ではありません。

こうした用途では、受信電力が確率分布にしたがって変動する統計モデルが使用されます。

簡易な例としては、あるエリアのパスロスで求めた受信電力に、確率的に変動するシャドウイングを組み合わせることで、そのエリアのシャドウイングの影響を加味してエリア特性を求めることができます。

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フェージング

フェージングのイメージ図

図3 フェージングのイメージ図

3つ目の要素は、フェージングです。

ここまでに説明してきたパスロス、シャドウイングは、送信局とユーザ端末、さらにその周辺の建物等の位置関係が分かればある程度、決定論的に予測することができます。

これらの要素以外によって発生する瞬時的な受信電力の変動を表すのが、フェージングです。

例えば、送信局からユーザ端末へ直接届く電波と、地面等で反射した電波との干渉が引き起こすマルチパスフェージングや、対流圏で発生する散乱波など、自然現象によるフェージングなどの種類があります。

これらの特性は、統計的なモデルとして計算することが一般的です。

フェージングを計算するためのフェージングモデルは、いくつも考案されてきています。

分類の一例を図4に示します。

図4 フェージングモデルの分類

フェージングモデルの大きな分類の1つとして、Site-general/Site-specificという考え方があります。

フェージングを計算する環境(=Site)を特定しないモデルをSite-generalモデルと呼びます。一方で、環境に応じて計算に使う値が変わるモデルを、Site-specificモデルと呼びます。

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Site-general モデル

Site-generalモデルは、場所や都市規模を特定せずに使用できるフェージングモデルです。

一例として、Jakesモデルがあります。

Jakesモデルでは、ユーザ端末に全方向から同じ大きさの電波が到来する状態を想定します。

Jakesモデルは、Rayleighフェージングと呼ばれるフェージング現象を表したモデルで、初期の携帯電話の登場ごろから使用されてきました。

 

Site-specificモデル

Site-Specificモデルは場所や都市規模を入力し、それらに合わせた計算を行うフェージングモデルです。

Site-specificモデルは、さらにStochastic(統計的)モデルとDeterministic(決定論的)モデルに分類ができます。

Stochasticモデルは、ここまでに説明したシャドウイングと同じように、確率分布を使って、ランダムなフェージングを計算します。

フェージングモデルでは、ユーザ端末にどの方向から電波が到来するか、また、複数の電波が到来する場合、どの程度の遅延で到来するか、といった特性が結果に影響します。

こうした到来方向や、遅延時間は、これまでの電波伝搬測定に基づいた適切な確率分布が報告されており、それらを使ってフェージングを計算します。

Stochasticモデルでも広く使用されているものには、都市規模に応じて遅延時間や到来方向の確率分布が決まるGeometry-based Stochastic channel model(GSCM)などがあります。

GSCMでは、1つの方向から複数の電波が届くことを表現するために、多数の電波の到来を「レイ」と、お互いに遅延時間や到来方向が似た電波をまとめた「クラスタ」で基地局-ユーザ端末間の電波の経路をモデル化します。

一方のDeterministicモデルでは、電波の経路を、建物や地形を含む地図データを使って求めます。

電波は建物や地形に当たると、反射などの散乱現象が起きて、進行方向が変化します。そのため、地形や地図を使用して計算モデルを作成することで、その場所特有の電波の届き方をシミュレーションできます。

経路の計算には、レイトレース法と呼ばれるシミュレーション手法が活用されるケースが多くなっています。

なお、このようなDeterministicモデルの中でも、最も特定の環境に特化した計算モデルが、実測で得られた測定結果を用いたモデルです。

弊社ではレイトレ―ス法による電波シミュレーションツールの販売と、これらを活用した受託解析・コンサルティングを行っています。

 

Map-based hybrid channel model

Site-specificモデルでは、StochasticモデルとDeterministicモデルを分類しましたが、これらを組み合わせたハイブリッドモデルも存在します。

ハイブリッドモデルは、Map-based hybrid channel modelと呼ばれ、レイトレーシングシミュレーションとGSCMとの組み合わせによるチャネルモデルです。

ハイブリッドモデルの伝搬イメージ図

図5 ハイブリッドモデルの伝搬イメージ

ハイブリッド化することで、StochasticモデルとDeterministicモデル、それぞれが不得意な現象を補い合い、より環境を反映した、測定値に近いフェージング計算を可能にします

Stochasticモデルは、都市規模から予想されるフェージングを計算できるものの、特定の環境のシステム評価をする場合には、評価対象となる環境の特定の構造物を考慮したフェージングを求めることができません。

一方、Deterministicモデルでは、用意した地図データに含まれない構造物や地図上を移動する障害物の影響は考慮できません。

Deterministicモデルは、Stochasticモデルでは考慮できない特定の障害物を考慮した電波の経路を求め、Stochasticモデルは、Deterministicモデルでは考慮しきれない移動物体等の影響を、ランダムな電波の経路として表現します。

こうして、両者をハイブリッドに使用すると、特定の環境要素を加味した上で、統計的に起こり得る伝搬特性を考慮したフェージング計算が可能となります。

 

実践! 都市環境でのフェージングシミュレーション

ここまで説明したようにハイブリッドモデルの特長は、従来のGSCMにレイトレーシングシミュレーションで得られた、特定環境の地形・構造物等を考慮した電波伝搬特性を加味する点にあります。

この時、従来使われてきたGSCMとどのような違いが出てくるか、比較してみましょう。

ハイブリッドモデルのシミュレーションには、レイトレース法のシミュレーションとフェージング計算が必要です。

ここでは、レイトレース法のシミュレータにWireless InSiteを、フェージング計算には、構造計画研究所が開発した「Fading Tool for Wireless InSite」を使用します。

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シミュレーション条件

図6 シミュレーションモデル

シミュレーションモデルとして、米国バージニア州ロズリンの都市モデルを使用します。
500m四方の範囲に、建物が密集している環境で、平均建物高は約30mです。

これらの特長から、GSCMで使用される都市区分では、Urban Microcellに該当すると想定します。

比較を行うシミュレーション条件として、基地局に向かってユーザ端末が直線的に近づいていくユースケースを考えます。

ユーザ端末が基地局に近づくほどパスロスが小さくなるため、移動に沿って受信レベルが大きくなることが予想されますが、
実際のシミュレーションではどうなるでしょうか。

比較対象として、従来のGSCMシミュレーションには、オープンソフトウェアであるQuaDRiGaを使います。

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結果の比較

GSCMとハイブリッドモデルで計算された、ユーザ端末の移動経路に沿ったシミュレーション結果を比較してみましょう。

シミュレーション前は、基地局に近づくほど受信レベルが大きくなると予想しましたが、実際にはフェージングの影響で、受信レベルが大きくなったり、小さくなったりしています。

移動区間全体を20秒間のグリッド線に分けて見ると、ハイブリッドモデルでは基地局に近づくにつれて受信レベルが次第に大きくなっています。

一方のGSCMのグラフでは、受信レベルが一旦減少し、再び増加する傾向となっています。

 

図7 ハイブリッドモデル(左)とGSCM(右)のシミュレーション結果比較

この差が出てくるのが、ハイブリッドモデルとGSCMの大きな違いです。

この差は、電波の変動を表す3要素、パスロス・シャドウイング・フェージングのうち、シャドウイングの計算方法が両者の間で異なるために生じます。

ハイブリッドモデルではレイトレーシングシミュレーションで、建物の影響を考慮してシャドウイングを計算します。

一方で、GSCMでは、確率分布でシャドウイングを計算するため、大きな傾向を見た時に、直感的な予想と一致しない箇所が現れます。

シャドウイング要素の計算方法の違いは、シミュレーションを複数回試行した場合に、より顕著となります。

 

図8 シミュレーションを複数回試行した場合のハイブリッドモデル(左)とGSCM(右)のシミュレーション結果比較

ハイブリッドモデルの場合、レイトレーシングシミュレーションの結果を参照するため、同じ経路を通る限り、各時刻・各位置の受信レベルには変動があるものの、区間全体で見れば試行間でのフェージング特性が再現性をもって得られています。

一方、GSCMの場合、シャドウイング要素は各試行でランダムに計算されるため、移動区間全体で見た場合に、受信レベルが試行ごとに大幅に変動し、シミュレーション結果の再現性が不自然に低い区間が見られる場合もあります。

特定の場所で建物や地形の環境を考慮した形で、再現性よくフェージング特性をシミュレーションする場合は、ハイブリッドモデルの方が適していると考えられます。

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フェージングシミュレーションの活用が期待されるユースケース

ハイブリッドモデルは、レイトレーシングシミュレーションを活用することで、特定環境の地形や構造物の影響を考慮したフェージング特性をシミュレーションできるのが特長です。

こうした条件でのシミュレーションの活用が期待されるケースとして、ローカル5G導入前のシステム設計・評価が挙げられます。

ローカル5Gは、特定環境に絞って無線通信システムをユーザが独自に構築できるシステムであり、自社の敷地内で5G通信を敷設することができます。

こうしたエリア設計では、安定した通信が難しい場所の洗い出しや、どの程度の通信速度が期待できるかといった点が重視されることから、ハイブリッドモデルによるフェージング計算の活用が効果的です。

 

本コラムは構造計画研究所 電波技術部が作成しています。

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