コラム技術コラム2025.07.22

もう「圏外」はない?スマホが直接“宇宙”とつながる「衛星ダイレクト通信」の未来と課題

もう「圏外」はない?スマホが直接“宇宙”とつながる「衛星ダイレクト通信」の未来と課題

スマートホンの画面に「圏外」と表示されて、がっかりした経験は誰にでもあるでしょう。
しかし、そんな常識が過去のものになるかもしれません。
今、空に浮かぶ人工衛星と私たちのスマートホンが直接通信する「衛星ダイレクト通信」という技術が、急速に現実のものとなっています。

衛星ダイレクト通信

近年、イーロン・マスク氏率いるSpaceX社の「Starlink」がスマートホンと直接通信出来るサービスを開始し、
日本国内でもKDDI(au)が2024年にサービス提供を開始しています[1]。
Apple社のiPhoneでも、iPhone 13以降の機種は衛星経由の緊急SOS機能が使えるようになっています[2]。

この技術は、私たちの生活、特に「もしも」の時の安全をどう変えるのでしょうか?その可能性と、乗り越えるべき技術的な壁を分かりやすく解説します。

スマホが衛星に直接繋がる?

メリット:災害時やアウトドアでの「最後の砦」に

衛星ダイレクト通信の最大のメリットは、通信エリアの劇的な拡大です。
山奥や海上:災害で地上の通信網が使えなくなった場所など、これまで携帯電話の電波が届かなかった場所でも、
空さえ開けていればスマートホンで通信できるようになります。
遭難・救助:登山やマリンスポーツ中の事故でも、テキストメッセージで正確な位置情報とともに助けを呼べます。
災害時の安否確認:大規模な停電や基地局の倒壊が起きても、家族や友人と連絡を取り合えます。
まさに、命をつなぐ「最後の砦」となり得る技術です。

ただし、現状の技術では、通信速度は数k~数十kbps程度であり、
高画質な動画のストリーミングや、低遅延な音声通話、簡単なWebサイトの閲覧は難しく、
テキストメッセージの通信用途が見込まれています。

なぜ難しい?立ちはだかる「スマホの限界」という壁

「それほど便利な技術なら、なぜ今まで実現しなかったの?」と疑問に思うかもしれません。
その答えは、地上の基地局と、はるか上空の衛星との「圧倒的な距離」にあります。

衛星からの電波は非常に微弱になるため、
通常は「パラボラアンテナ」のような大きくて高性能なアンテナで受信します。

Starlink用のアンテナ(初期型)

例えば、Starlinkの専用アンテナは、衛星の動きを追いかけ、
電波を特定の方向に集中させる「ビームフォーミング」という技術を使って、弱い電波でも効率よく通信しています。

一方、私たちのスマートホンは、ポケットに入るほど小さく、
特定の方向に電波を集中させるような高度な機能はありません。
アンテナも小さく、電波を捉える力(アンテナ利得)が根本的に弱いのです。

この「スマホの限界」という大きな壁を乗り越えるために、
使用時にはユーザにスマホの保持方法を工夫させたり、上空視界が良い場所を推奨しています。

本当に「もしも」の時に使えるのか?シミュレーションで未来の安心を作る

技術的な課題をクリアしても、まだ安心はできません。
本当に重要なのは、「どんな過酷な状況でも、つながるのか?」という点です。
私たちが救助を求める状況は、決して理想的な環境ではありません。

深い谷や木々に覆われた場所では、衛星からの見通しが悪くなります。
滑落してうつ伏せに倒れていたり、土砂に埋もれていたりすれば、スマートホンを空にかざすことすらできません。

大きな岩も倒れていれば遮蔽になり得る(イメージ)

このような最悪のケースも想定し、
「利用者の周辺環境」や「スマートホンの向きや状態」といった不確定要素を考慮した上で、
それでも通信を確立できるか検証することが、真の「安全・安心」につながります。

しかしながら、こうした無数のシナリオを現実世界で試すことは困難であるため、
無線通信のシミュレーション技術が極めて重要になります。

例えばRemcom社のXFdtd[3]を使うと、
スマートホンのアンテナパターンに対する人体の遮蔽の影響や衛星のアンテナパターンが分かります。

左)人体の遮蔽の影響/ 右)衛星のアンテナパターン

例えばWireless InSite[4]やRapLab[5]では、電波の伝搬時の樹木、地形や建物の影響が分かります。
これと、衛星の軌道推定を組み合わせるすることで、衛星端末間の電波伝搬状況が分かります。

左)軌道情報から衛星位置の推定 2023年のStarlink衛星/ 右)衛星端末間の電波伝搬推定

これらを組み合わせることによって、衛星ダイレクト通信の精緻なシミュレーションが可能となります。
広いエリアの評価を行いたい場合や、高速に評価を行いたい場合、
アンテナパターン、3Dモデルによる見通し判定、ITU-Rなどの伝搬モデルを組み合わせて回線評価をするケースもあります。

衛星通信シミュレーションの手法・計算時間のイメージ

私たち構造計画研究所は、長年培ってきた無線通信シミュレーション技術を駆使し、
低軌道衛星通信のような最先端分野にも取り組んでいます。
様々な環境や条件をデジタル空間で再現し、徹底的に検証することで、
いかなる状況でも「つながる」未来の通信インフラ構築に貢献していく所存です。

衛星ダイレクト通信に関するご相談や、無線通信のシミュレーションにご興味がございましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。

参考:
[1] au Starlink Direct https://www.au.com/mobile/service/starlink-direct/
[2] iPhoneで衛星通信に接続する https://support.apple.com/ja-jp/105097
[3] 三次元電磁界解析ツール
XFdtd https://network2.kke.co.jp/wireless-products/xfdtd/
[4]電波伝搬解析ツール
Wireless InSite https://network2.kke.co.jp/wireless-products/wireless-insite/
[5]電波伝搬解析ツール
RapLab https://network2.kke.co.jp/wireless-products/raplab/

CONTACTお問い合わせ

一般的なシステム開発に加え、物理層からアプリケーション層まで通信システム全般について
お困りの際はぜひ一度私たちにお問い合わせください。