コラム技術コラム2025.12.23

OAIBOX のための 5G NR スループット計算

OAIBOX のための 5G NR スループット計算

【はじめに】

 本記事では、5Gモバイル通信におけるスループット計算の概要を解説するとともに、スループット計算機の紹介、およびOAIBOXを用いた「実測値」と「理論値」の比較検証結果についてご紹介します。

【スループットとは】

 通信におけるスループットとは、単位時間あたり(1秒間など)に目的地へ届いたデータの総量を指します。一般に、回線や無線帯域の物理的な限界値(理論上の最大スループット)に対し、プロトコルのオーバーヘッド、ネットワークの混雑、再送処理などの影響で、実測値は理論値を下回ります。
 スループットを単なる「通信速度」としてではなく、プロトコル仕様やパケットロスといった諸要因が複雑に絡み合う「システムの総合的なパフォーマンス」と捉えることで、より高度なネットワーク設計やトラブルシューティングが可能となります。
 なお、スループットはOSI参照モデルの各層で定義可能ですが、階層ごとに付与されるヘッダや符号化による冗長化の影響で、計測される値が異なる点に注意が必要です。

【OAIBOXにおけるスループット算出】

 OAIBOXには、5G端末の通信品質をリアルタイムに監視できるKPI表示機能が備わっています(図1)。ここで表示されるビットレートは、MAC層とPHY層の間を流れるデータ量に基づき算出されています。

図1. KPI表示画面

 後述の「OAIBOX 5G NR スループット計算機(sub6)」はスループットの理論値を計算するツールです。本ツールは、単なる物理限界値の算出に留まらず、TDD(Time Division Duplex)構成や各種制御信号(PDCCH、PUCCH、DMRS)の影響をOFDMシンボルレベルで考慮し、「実環境に即したMAC層の実効データ量」を算出できる点が特徴です。なお、計算モデルの前提条件と実際の設定の不一致により、計算結果と実測値が大きく乖離する場合があります。

【OAIBOXのスピードテスト機能】

 OAIBOXにはスピードテストのOSS実装であるOpenSpeedTestが統合されています。これにより、外部のインターネット接続環境に依存することなく、5Gネットワーク内での純粋な通信速度を測定可能です。図2に、5G端末とOpenSpeedTestサーバー間の測定経路を示します。

図2. OpenSpeedTestの経路

 端末が基地局(図中、NG-RAN)に接続された後、UPF(User Plane Function)を介してOpenSpeedTestサーバーとの間で通信が行われます。ここで計測されるスループットは「アプリケーション層」の値であり、前述のKPI(MAC層)の値とは異なることに留意してください。

【測定環境】

 机上計算値と実測値を比較検証するための測定系を構築しました。使用機材は表1の通りです。

表1. 使用機材一覧
機材 機種 台数
基地局 OAIBOX Open RAN Split 8 1
基地局SDR USRP X410 1
端末 RMU500-EVB kit(モジュール:Quectel RM500Q-GL) 1
端末制御PC ノートPC 1

 
 測定に使用した通信諸元(パラメータ)を表2に示します。

表2. 通信諸元
パラメータ 設定値
周波数帯 n77
帯域幅 40MHz, 100MHz
アンテナ構成 SISO
TDDスロット構成 DDDFU, DDDDDDDFUU

【理論値と実測値の比較・考察】

 2種類の帯域幅およびTDD構成における、スループットの理論計算値と実測値の比較結果を表3に示します。なお、実測値はOAIBOXのKPI取得機能で取得した値の平均値を採用しています。

表3. スループット[Mbps]比較
測定ケース 40MHz
DDDFU
100MHz
DDDFU
40MHz
DDDDDDDFUU
100MHz
DDDDDDDFUU
理論値(DL) 152.6 393.1 135.7 349.4
実測値(DL) 139.3 371.5 131.7 342.5
理論値(UL) 52.8 135.9 48.1 123.7
実測値(UL) 27.9 76.9 26.5 68.0

 下り(DL)の実測値は理論値を下回る結果となりました。これは、理論計算において簡略化された参照信号などのオーバーヘッドが影響したためと考えられます。
 一方、上り(UL)の実測値は理論値に対して大幅な低下が見られました。OAIBOXのKPI表示を確認したところ、通信品質の低下が顕著でした。これは、ソフトウェア無線機(SDR)内部における信号の回り込み(自己干渉)を抑制するために、上り信号レベルを意図的に抑制する設定を行っていることが主要因であると考えられます。
 なお、今回実測値としてOpenSpeedTestで計測したアプリケーション層での値を採用しており、下の層のヘッダ等が含まれない結果を用いているため、MAC層でのスループットはより大きな値になる可能性があります。

【まとめ】

 本稿では、OAIBOXを用いた5Gスループット計算の手法とその検証結果について解説しました。理論値と実測値の乖離要因を分析することは、無線ネットワークの最適化において極めて重要です。
 構造計画研究所では、OAIやOAIBOXを活用した5G/Beyond5Gの研究開発や実証実験のご相談も承っております。ご興味をお持ちの方は、弊社相談窓口までお気軽にお問い合わせください。

【最後に】

 本記事で紹介したスループット計算機は、OAIBOXの開発元であるAllbesmart社が公開している「OAIBOX™ 5G LAB Manual」の内容を参考に作成しました。ソースコードをGitHubにて公開しております。計算モデルの改善提案や不備に関するご指摘がございましたら、Issue等でお知らせいただけますと幸いです。

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